増刊号 全日ドーム観戦記


 全日が遂にドームに進出しました。だいぶ前から噂はあったので待望の進出という感じです。外野スタンドは開放せず、それでほぼ満員の入りでした。
 1ケ月前には新日が猪木の引退でドーム史上最多の7万人を集めました。さすがドーム興行はお手の物という感じです。それに何と言っても猪木の引退という特別なことですから、観客動員を比較しても意味がないと思います。全日本としても、試合内容で勝負という感じだったでしょう。
 全日の試合のレベルの高さは定評があります。今の全日のスタイルの基礎を作ったのは長州力です。アントニオ猪木という立っているだけで絵になる偉大なレスラーに対抗するため、長州は試合の序盤から大技を連発するというスタイルを作り出し、それはハイスパート・レスリングと呼ばれました。そのスタイルを長州は全日マットにも持ち込みました。
 それに天龍が呼応しました。長州が新日にUターンした後、天龍が全日のスタイルを変えていきました。そしてその天龍も全日を離脱して、三沢、川田らが決起して、今のスタイルが作られました。
 全日のスタイルはリング外のドラマ作りなどまったくなく、その試合毎の完全燃焼で高度な技の攻防が基本になっています。これでもかというくらい、攻めて、受けます。だから今回のドームのポイントはその全日スタイルが、広いドームという空間で伝わるかということでした。
 ドームはプロレスをやるには広すぎるというのが私の考えです。新日のドーム大会では名勝負と呼べるような試合が少ないと思いますが、それはドームが広すぎるからだと思います。
 スタンド席からでは遠すぎるし、アリーナ席でもまっ平らなので、前の人の頭が邪魔で見にくいし、何万人もいれば、ひやかしの客も多いはずだし、ビール売りはウロウロしているし、試合に集中しにくい状況が揃っています。
 結論から言うと、広さはまったく感じませんでした。明るさも、楽しさも、激しさもスタンド席まで伝わりました。初めてということで、盛り上がりも最高でした。
 ただ、長すぎました。6時開始でメインが始まったのが10時、全日の密度の濃い試合を最終的には4時間半も観るというのは、とても集中力が続きませんでした。三沢対川田はいい試合でしたが、武道館だったら、もっと良く思えたのではないかと思いました。
 ベストマッチは馳対秋山です。結果は秋山の勝利でしたが、試合を組立ていたのは馳で、本当の意味では秋山はまだまだ馳の足元にも及ばないという感じです。馳は本当にプロレスの天才です。
 注目はしていなかったのですが、ドーム最大の見せ場となったのは馬場と人生のからみです。念仏歩きを決めたシーンはこの日のハイライトだったと思います。
 残念だったのは小橋、エース対ハンセン、ベイダーです。スモール・パッケージはないでしょう。負けてもいいから最後まで力で対抗して欲しかったと思います。
Vol.30 ヒール

 史上最凶のヒールといえば、間違いなくタイガー・ジェット・シンだと思います。そのシン以来、本当にヒールと呼べるレスラーは出ていないのではないでしょうか。
 そもそもムタの登場で、ヒールの概念自体があやふやなものになってしまいました。ヒールなのに声援を浴び、「悪いことしろ」などという野次が飛びました。そしてnWoの登場でヒールとベビーフェイスという区分けはまったくなくなってしまったと思います。
 それはそれでいいのですが、昔ながらのヒーローがヒールに散々痛めつけられて、もう我慢も限界というところで大反撃、悪をこてんぱんにやっつけるというのも、プロレ スの醍醐味の一つだったと思います。
 このパターンは、ウルトラマンとか水戸黄門とかにも通じるもので、誰もが大好きなはずです。ドラマの前半は悪がのさばり、ウルトラマンや水戸黄門が悪と対決するのは最後の方だけ、スペシュウム光線や印篭はレスラーのフィニッシュ・ホールドといったところでしょう。そういえば、一撃必殺の必殺技というのも本当に少なくなりました。
 価値観の多様化という時代の流れもあるでしょう。でも絶対的なヒーローがいないというのが最大の理由だと思います。新日本隊よりもnWoの方が魅力的だし、FMWで大仁田が絶対的なヒーローだった頃はポーゴらのヒールとの闘いがとてもヒートアップしましたが、ハヤブサと雁之助では対立概念が不明確です。
 そんな中で、久しぶりに大物ヒールになれそうなレスラーが1人います。ドン・フライです。アルティメットのチャンピオンで格闘家というふれこみですが、その風貌は間違いなくヒール・レスラーです。猪木の最後の相手は誰もが小川と思っていましたが、出てきたのはこの男、でも小川とだったら「闘魂伝承」がテーマとなって、重苦しい試合になったかもしれませんが、フライとなったことで、絶対的なヒーローが悪を討つという単純明快な試合になり、かえって良かったのではないかと思います。このフライの実に魅力的なキャラクターを活かすには、猪木に代わる絶対的なヒーローの出現が望まれます。小川ではまだまだ・・・。
 女子プロ界でもヒール花盛りとなっています。全女で話題を独占しているのがZAPです。後楽園で彼女たちが登場すると常に暴動寸前の騒ぎとなります。「こんなの全女じゃない」というファンの声も聞かれますが、全女の黄金時代であるクラッシュギャルズの時代には、ダンプ松本という大ヒールがいました。今のZAPなど問題にならないような荒れた試合をしていました。クラッシュギャルズの人気にはライバルである極悪同盟の存在が不可欠でした。
 ZAPの不評は要するに、試合がつまらないからです。凶器を使う理由、覆面をする理由、ファイトスタイルなんてどうでもいいことです。面白ければそれでいいのです。そしてZAPと闘う堀田、貴子、豊田らがやはり絶対的なヒロインではないということもZAPが不評を買う理由でしょう。
 絶対的なヒーロー対問答無用の極悪ヒール、そんなすかっとするような試合が見てみたくなりました。