1. 1 TWCホームページが本格オープンする。どのプロレス団体よりも早くTWCがインターネットに進出を果たしたこととなった。
 3.30 TWCホームページ内にアントニオ猪木ホームページが開設され、大反響を呼ぶ。
 5. 6 プロレス離れの加速する土肥会長がK−1GPに登場。観戦後、他の選手とはぐれ、そのまま失踪。またもや引退説、新団体設立説が流れる。
 6.27 TWCホームページが週プロに掲載される。TWCがプロレス観戦団体の盟主の座を手にした瞬間である。
 6. 2 TWCが6周年、くどめパラダイスが4周年を迎える。特にイベントはなく、不行き軍の無気力さは相変わらずである。
 8. 3 ホームページを通じて、ミスター林選手が初のTWCゲスト参戦。そのままTWCに入団、TWC福井支部が設立される。
 8.25 TWC念願の「みちのくツアー」が遂に実現。しかし、菊池、遠道選手が敵前逃亡により欠場した。
 8.30 菊池選手が月間観戦回数20回の新記録を樹立。
 9.12 菊池選手が驚異のハイペースで4年連続年間観戦100回を達成。結局4年連続で自己の記録を更新し、遂に130回を突破した。
10.10 スペル・マロフィンがくどめパラダイスに正式入団。新人離れした大活躍を示し、「驚異の新人」と呼ばれる。
11. 6 全日武道館大会も欠場し、失踪していた遠道選手が、入院していたことが発覚する。